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ときめくゴリラの落書き帳

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退社後アルコールタイム(TAT)まゴのブログ。雑記や告知、ときめきメモリアル等のSS。Twitter:@magorial

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一週間が経った。
あの日から毎日、登校すると真っ先にハルちゃんゾーンを確認して、
そこに何もないことがわかると、思わずホッとしている僕がいた。
これまであんなに楽しみにしていた交換日記なのに、
今は彼女からの返事が怖くてたまらない。

〜先輩・・・。こんな時、先輩ならどうやって乗り越えてますか?〜

最後のハルちゃんの日記、その一文一文が僕の頭の中を支配していた。

〜いつものように、私に元気をください〜

僕は、自分を必要としてくれている彼女に元気を与えるどころか、
自分の弱さを盾にして、突き放してしまったんだ。

〜このままじゃ、私らしくいられなくなってしまいそうで、怖いんです〜

一人っきりで戦っている年下の女の子を・・・見放したんだ・・・。
本当に、どこまでも無力で、頼りない先輩だ・・・。
気付けば僕は、自分自身に対しても、その弱さを言い訳にしていた。
やっぱり、こんな僕にはハルちゃんを元気付けることなんて、できやしない。


ハルちゃんからの返事は、その翌日返ってきた。
いつもの、見慣れた可愛らしいピンクのノート。
だけど、僕はハルちゃんゾーンに手が伸ばせなかった。
このノートを開くと大切な何かが壊れてしまう気がして、
僕は、半年間、二人で交し合ったノートをじっと見つめていた。

このまま、いつまでも逃げ続けるのか・・・。
自嘲気味にひとつ息をついて、僕はノートに手を伸ばした。

パラリ、パラリ、とページをめくっていく。
半年間でノートはほとんど埋まってしまっていて、
目的のページまでがやけに遠く感じる。
それだけ、たくさん刻まれた二人の筆跡。
一定のリズムでページをめくり続けるうちに、
最後に僕が書いた文章が目に止まった。

「でも、頑張って!」

再び、さっきよりも少し長く、ひとつ息をついて、
僕は自分の書いた力のない文章に蓋をするように、
次のページに指を掛け、手の平で左へ押しのけた。

「ひどいです・・・先輩・・・。」

いつものような、冒頭の挨拶はない。
ただ、力づくで書いたような、ぎこちない文字が
ところどころ震えながらそこには刻まれていた。
ノートにはいくつもしわができていて、
文字も滲んで、ぼやけている箇所が目立つ。

「先輩からすぐにノートが返ってきて、私、本当に嬉しかったんです。
 毎日が辛くて、苦しくて、前を向いているのが精一杯で・・・。
 だから、先輩から元気をもらえると思って、大急ぎでノートを開いたんです。
 なのに・・・先輩・・・ひどいです・・・ひどいです・・・!!!!」

耐え難い不快な感覚が、僕の全身を貫いていった。
意識は遠く、頭の中が真っ白になっていくのがわかる。
ノートを持つ両手から、ザラザラした紙の感触が消えていく。
ただ、皮肉にも、まだ視覚が奪われていないことに気付き、
無意識に視線を下に移していく。砕けた無数の鉛筆の粉が目に映る。

「先輩だけは、私を応援してくれていると思っていました。
 涙で前が見えない時も、先輩の言葉が背中を押してくれて、
 お仕事が終わったら、またノートが返ってきてるかもしれないって、
 そう思えたから、これまで必死に頑張ってこれました。
 でも、これも全部、私の勝手な思い込みだったんだって、気付いちゃいました。」

文字をたどればたどるほど、心が引き裂かれてしまいそうなのに、
僕は瞬きをすることもできず、ただ、視線だけを動かしていった。
ハルちゃんの文字がどんどん滲んでいくのがわかる。

「私、どうすればいいんですか・・・。
 もう先輩に元気をもらえないって思うと、耐えられないです・・・。
 どうして、・・・・・・・・・・よ・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・ん・・・・・・・」

最後の一文は、解読することができないまでに滲んでしまっていた。

そして、これが二人の間で交わされる最後の言葉だと暗示するかのように、
ハルちゃんの埋めたページは、このノートの最後の一枚だった。


翌日の金曜日、僕は学校に行くことができなかった。
一日中、布団の中で声にもならない声をあげてジタバタしていた。
ご飯も食べず、音楽もかけず、誰とも連絡をとることもなく、
ただ、何事もなかったかのように、時を刻み続ける秒針の音を聴いていた。
このまま、時が全てを洗い流してくれればいいのに・・・。
偶然出会った年下の女の子のことなんて、忘れてしまえたらいいのに・・・。

秋の大会が終わったばかりで、土日の練習はお休み。
野球部の練習は休んだことがなかったから、本当に助かった。
そんなことを考えてしまっている自分が、何よりも情けなかった。
もうこのまま、深い眠りについて、二度と目が覚めなければいいんだ・・・。


僕は、私立きらめき高等学校の校門の前に立ち尽くしていた。
どうやってここまで歩いてきたのかは覚えていない。
ただ、校舎の3階に据え付けられている大きな時計をじっと眺めていた。
そろそろ授業が始まる時間。なのに、足がすくんで一歩も前に進めない。
しばらくして、僕は大粒の涙を流している自分に気が付いた。
言い表すことのできない恐怖感が僕を襲う。でも、足が動かない・・・。
怖い・・・!怖い・・・!!怖い・・・・・・!!!!
思わず、大きな声を出そうとして視線を前に向ける。
なんとなく見覚えのある、一人の女の子がそこに立っていた。
どこかで会ったことがあるはずだけど、それがいつどこでだったかは思い出せない。
そんなことは今はどうでもいい、きっとこの子が僕を助けてくれる!!
僕は動かない足を必死に震わせながら、その姿に必死に視線を送った。

僕の姿に気付いているはずなのに、僕が助けを求めていることを知っているはずなのに、
女の子は、悲しい表情をしたまま、僕の前からゆっくりと姿を消した。


「・・・・・・ハルちゃんっっっっ!!!!!!」


部屋中に響き渡る声で僕はその女の子の名前を呼んでいた。
目を開けると、そこは僕の部屋。僕は、夢を見ていたんだ。

それは、少し前に、いや、きっと今だって、
一人で苦しんでいる、まだ見ぬ誰かの孤独な夢だった。

僕は、布団を目一杯の力で蹴り飛ばして、
ただひたすらに、がむしゃらに、学校へと駆け出した。

いつの間にか、かなりの距離を走っていた。
夢の中で見た景色が眼前に飛び込んでくる。
少し足が震えた気がしたけど、自分に小さく喝を入れて昇降口へと一直線に。
苦しんでいるのは僕なんかじゃないんだ!僕は・・・!僕は・・・!!!
半年間、毎日通ってきた教室の扉を開け、窓際の席へと歩を進める。

可愛らしいピンクのノートがそこに残されていることを確認した後、
最初に手を伸ばしたのは、通称:笹木ゾーン。
僕は、大嫌いな数学のノートを、ぎゅうぎゅう詰めの紙の群れから引っこ抜いた。
裏表紙から一枚めくって、見開きの真ん中に定規をあてがい、
丁寧に、でもできるだけ勢い良く、僕はノートを1枚切り取った。

「このまま終わらせることなんて、できないんだ・・・!」

長らく出番がなくて少し埃をかぶったセロテープを机の上に出して、
僕は、ゆっくりと目を閉じ、ひとつ大きく息をついた。

僕が、これまでそうしてもらったように、
今度は僕が、救ってあげなきゃいけないんだ・・・。

自分の弱さ、惰性で暮らす日々、白紙の未来。
あらゆるものを言い訳にして、僕は逃げ続けてきた。
だけど、それが、そんなくだらないものが、
一人の年下の女の子を救えない理由になるものか・・・。

僕には、『笹木先輩』という役目があるんだ!

僕はハルちゃんゾーンに手を伸ばし、寂しそうに佇むノートを掴んだ。
その一番後ろ、涙でしわくちゃになったページの横に、
切り取ったノートをセロテープで貼り付ける。
二人の交換日記が、涙で終わってしまわないように・・・。

「ハルちゃん」

僕が書くべきことは、謝罪の言葉でも、激励の言葉でもない。
言葉なんかじゃ伝えきれない想いが、僕の中にびっしりと根を張っていた。
だから、僕はこう綴った。めいっぱいの力を込めて、めいっぱいの想いを込めて。

「授業が終わった後、校門で待っています。」


それから日が暮れるまで、ずっと彼女のことを考えていた。
今朝見た夢、見覚えのある女の子の悲しそうな表情。
一度も、一度ですら、彼女を救ってこれなかった。
だけど、もし、彼女の悲しそうな顔を、笑顔に変えることができるのなら・・・。

午後8時半、ゆるやかな風が木々を撫でる、少しだけ寒い星空の下。
僕は、本当は見覚えなんてない、年下の女の子を待っていた。
じっとしていることができなくて家を飛び出したから、
ここに着いてからすでに1時間以上経っている。
夜間部の授業は、チャイムも鳴らさずに始まり、静かに終わるんだな・・・。
聞こえるのは、風の音、虫の歌声、通りすぎるバイクの音。
そして、小さな、だけど確かな足音。

「・・・笹木先輩?」

見上げた空から視線を落とすと、そこには見覚えのない女の子が立っていた。
顔も見たこともなければ、声を聞いたこともない。
だけど、それは間違いなくハルちゃんだと確信できた。

「ハルちゃん・・・」

僕の頭の中で、様々な想いが一気に駆け巡り始めて、
話したいことは山ほどあるはずなのに、続きの言葉が出てこない。
わざわざ呼び出しておいて、なんて情けないんだ・・・。
内心、自嘲気味に笑ってしまったその時、

「う・・・うっ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」

目の前の小さな姿が僕の胸に飛び込んできて、泣いていた。
人目もはばからず、声ともならない声をあげながら、泣いていた。

「ハル・・・ちゃん・・・!!」

僕は、ぐちゃぐちゃに入り乱れた想いをそのままに
力いっぱい、その小さな体を抱きしめた。
声をかけようとすると、涙が溢れ出そうになるから、
歯を食いしばって、とにかく目一杯の力で、
大切な年下の女の子を抱きしめ続けた。

「よかった・・・。先輩・・・帰ってきてくれました・・・。」

僕の腕の中から聞こえる小さな声。
半年間、僕を支え続けてくれた女の子の声。
一向に整理しきれない、感謝と、謝罪と、自責の想いを、
そして、二度と彼女を一人にしないという決意を込めて、
僕はただ、その小さな体を抱きしめ続けた。

気付くと、僕も大粒の涙を流していた。



2日後の水曜日、ハルちゃんゾーンに新しい仲間がやってきた。
どう見ても下ろしたての、見慣れないパステルブルーのノート。
なんともいえない、くすぐったい感覚が僕の頬を撫でた。
僕はいつものように、ゆっくりとひとつ息をして、最初のページをめくる。

新しい二人の交換日記は、
ハルちゃんからの新しい挨拶で、スタートを切った。



「雄介先輩♪こんにちは、ハルです。」
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by mago_ss | 2010-10-14 02:45 | ときめきメモリアル4

灼熱の太陽とセミの大合唱が心も体も焼き尽くした夏が終わり、
青々としていた木々も色褪せてきていた。
ついこの間まで、生きているのがイヤになるくらい暑かったのに、
昨夜から雨が降り続いているからか、今日は少し肌寒い。
ちょうどいい季節というものはいつの年も短いものだ。

通称:ハルちゃんゾーンに交換日記を置いてから今日で1週間。
まだ返事の書かれたノートはそこには戻ってきていない。
特にルールがあるわけではないけれど、概ね2週間隔でノートは返ってくる。
その間、ハルちゃんゾーンはいつも空っぽで、他方はいつも大混雑。
それでも、もしかしたら彼女がノートを置いていくかもしれないと思うと、
空いたスペースに僕の教科書を置くことはできなかった。
どんだけ楽しみにしてんだよ、と、自分のことながら呆れているのが正直なところ。
でもまぁ、そんな楽しみがあったっていいじゃないか。

野球部に所属している僕だけど、試合では守備要員。
テストの成績は平凡そのものだし、友達も少ない。
言うまでもないことだけど、女の子と付き合ったことなんてもちろんない。
それでも、自分なりに一生懸命に毎日を消化していた僕に、
何の前触れもなく、突然舞い降りたのがハルちゃんのレシピノート。

2年半の高校生活の中で、ハルちゃんとの交換日記が一番のイベントだと言うと、
あまりにも味気ないように感じてしまうけれど、実際のところ、そうなのかもしれない。
それくらい、ハルちゃんとのやりとりで、僕は救われていた。

翌日、ハルちゃんゾーンに一冊のノートが置いてあることに気づいた。
いつもより少し早い返事。だけど見慣れたピンクのノートに間違いはない。

「笹木先輩♪こんにちは、ハルです。」

何度となく見てきた書き始めの一文。
お互いの名前を公開してから、漏れなく同じ文面だ。
1行下に目を移すと、今回はやけに文章が短い。
忙しかったのか、ひょっとして少し飽きられてしまったのか。
なんとなく、嫌な予感が胸に湧き上がるのを感じた。

「今日、店長に怒られてしまいました。
 任せてもらったばかりのケーキのスポンジ、
 一生懸命焼いたのに、上手くいかなくて・・・。」

心なしか筆跡にも力が入っていないように思える。
よっぽど落胆していることが文字からにじみ出ていた。

「ちょっとスランプ気味かもしれないですね。
 でも、こんなことでくじけてたらダメですよね!
 私、頑張ります!!」

最後の一行の文字は、少し崩れていて、
苦悩するハルちゃんの姿が目に浮かんだ。
外見を知っているわけではないから『目に浮かぶ』というのは
適切な表現ではないのかもしれないけど、
これまでのやりとりを通して、僕はまだ見ぬハルちゃんに一つの姿を与えていて、
僕はそのハルちゃんを頭の中で見ているような感覚を持っていた。

あれ・・・?

いつも最後に付けられる「ハル」の2文字が見当たらなかった。
これまでも失敗した話は何度かあったと記憶しているけど、
自分の名前を書き忘れたり、文字が崩れたりすることはなかったから、
僕はなんとか励ましたいと思って、慌てて六角の鉛筆を手にとった。

「ハルちゃん、お疲れさま!
 スランプで辛いかもしれないけど、ハルちゃんなら大丈夫!
 ここが踏ん張りどころだよ!」

と、ここまで書いたところで手が止まった。
自分のことを棚に上げて、よくもこんな偉そうなことを書けたもんだ。
僕には自分の夢に向かって頑張って、辛い思いをして、壁にぶつかって・・・。
そんな経験が高校入学以来、一度もなかった。
勉強も部活も趣味も人間関係も、全てが惰性。
これまで自分が何をやってきたかなんて質問された日には、
丸一日考えても答えが出せる自信がないくらいだった。

でも、だからと言ってこの文章を書き直したところで、
僕からハルちゃんにどんな言葉をかければいいのかわからなかった。
励ましたいという思いと、これまでずっと心のどこかでくすぶっていた、
ハルちゃんへの劣等感が同時に溢れ出て、鉛筆を握った僕の右手を縛り付けている。

僕も、何かに一生懸命になって、小さなことでもいいから何かを残したい。
でも、この僕に何ができるんだろう・・・。
目の前の一人の女の子にすら気の利いた言葉をかけられない僕が、
何を残せるというのだろう・・・。

僕は逃げるようにノートを閉じ、ハルちゃんゾーンに放置し、席を立った。
昨日から降り続いている雨が悲しく地面を叩いている。


「先輩・・・」

ハルちゃんからの返事は2日後に返ってきた。
もちろん、これまでで一番短い間隔での返事だ。
そして、書き始めの一文は、見たこともないような力のない文字で記されていた。
恐る恐る目線を下に移動させて、続きの文字をなぞる。

「もう、失敗が続いてしまって、完全に自信を失ってしまいました・・・。
 やっぱり、私は一人前のパティシエールになることなんてできないんでしょうか。
 今日も失敗するんじゃないか、怒られてしまうんじゃないか、って考えてしまって、
 お仕事に行かなきゃいけないのに、家を出ようとすると、怖くなって、足がすくんで、
 涙が止まらなくなるんです・・・。」

ノートを持つ両手が震えていることに気付きながら、
ただただ平静を保とうと、ブンブンと頭を振って読み進める。

「それでも、先輩の言葉を思い出して、
 今日もなんとか遅刻せずにお店に行くことはできたんですけど、
 やっぱり上手くいかなくて・・・。
 私、もうどうすればいい・・・かわか・・・なく・・・・・・。」

ところどころの文字が滲んで読めなくなっていた。
きっと涙が零れてしまったせいなのだろうけど、
まだ続きがあるので、とにかく無心で最後まで読むことにする。

「先輩・・・。こんな時、先輩ならどうやって乗り越えてますか?
 いつものように、私に元気をください。
 このままじゃ、私らしくいられなくなってしまいそうで、怖いんです。
 お返事、待ってます!!    ハル」

初めてだった。
これほどまで明確に僕を頼る文面。
僕に何かを求める文面。
一体、何が僕をここまでハルちゃんに頼られる存在にしているんだろう。

僕には何もない。
ハルちゃんに与えられるものなんて、何一つない。

これまでだって、ハルちゃんは自分で乗り越えてきたんだ。
僕のおかげだって、いつも書いてくれているけど、実際は違う。
僕は無力で、平凡で、志すものも、夢もない。
そんな僕が、毎日自分の夢に向かって努力を続けている年下の女の子に
何が言えるというのだろうか。

「頑張って!」
「きっと大丈夫!」
「なんとかなるよ!」
「応援してるよ!」

そんな当たり前で空虚な言葉が、彼女に何を与えることができるのだろうか。
何も与えることなんてできない。何の意味もなさない。何も彼女のためにならない。

「ハルちゃん」

僕は少しの間、目を閉じた後、
感情を押し殺しながら鉛筆を走らせる。
無力な自分を戒めるように、安易で空虚な言葉を飲み込んで、
自分の想いを活字に変換していく。

「僕には、ハルちゃんを勇気づけることができないんだ。
 ハルちゃんは、いつも輝いていて、前向きで、ひたむきで、
 僕みたいな平凡で無気力な人間が、無責任な言葉で
 ハルちゃんに何かを伝えるなんてこと、できないんだ。
 何もしてあげられなくて、本当にごめん。」

僕は何を書いているんだろう。
何の目的で誰のためにこんなことを書いているんだろう。
でも、これが今の素直な僕の想い。
これ以上でも、これ以下でもなかった。
苦し紛れに最後の一行を付け足して、僕はノートを閉じた。

「でも、頑張って!」

僕は、涙で前が見えなくなっていた。
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by mago_ss | 2010-10-12 00:28 | ときめきメモリアル4
「笹木先輩♪こんにちは、ハルです。」

彼女の文章は、決まってこう始まる。

水月春奈ちゃん。きらめき高校の2年生で、夜間部に通っている。
彼女とこうして交換日記を始めることになったのは、今年の春。
ハルちゃんが、よっぽど疲れていたのか、うっかり僕の机の中に、
(『僕の机』といっても、それはもちろん彼女の机でもあるわけだけど)
びっしりとレシピが書かれたノートを忘れて帰ってしまって、
翌日,夜間部があることなんて知らずに大半の教科書を置き勉している
自他共に認める平凡な高校3年生の僕が偶然そのノートを発見したんだ。

教師に届けることも、同級生に報告することもせず、
ただ、なんとなく、まだ見ぬ女の子を思い浮かべながら、
(名前が書いてあるワケではなかったから、
ともすれば、男子生徒の可能性もあったのかと考えると、
我ながら思い切ったことをしたもんだと笑えてくる。あはは)
メッセージを添えてノートを机の中に戻したことがきっかけで、
それ以来、ゆっくりとしたペースで半年間、交換日記を続けてきた。

「今日、すっごく嬉しいことがあったんです♪もうこれは事件ですよっ!」

いつも、ハルちゃんの交換日記は元気いっぱいで、
先輩のくせに僕は、いつもハルちゃんに励まされてばかりだ。
ハルちゃんはどんな時も一生懸命で、輝いている。
顔も知らなければ、声すら聞いたこともない。
だけど、そのイキイキとした姿が、やけにリアルなものとして目に浮かぶ。

「店長が、ケーキのスポンジを焼かせてくれたんです♪
それも、練習じゃないんです。お店で出すケーキのスポンジですよ!
もうほんっとに嬉しくて、集中しなきゃいけないのに、
ついつい、口元が緩んでしまいました☆」

ハルちゃんの女の子らしい文字をなぞりながら、
今度は僕からどんなことを書こうか考えるのが、
ちゃんと予習をしてきた自分に許された、休み時間の有意義な過ごし方。

「これも、先輩がいつも元気をくださってるからですっ!
本当に感謝してるんですよ!ありがとうございます☆
一日も早く、一人前のパティシエールになれるように、
これからも頑張りますね♪」

僕は何もしてないのに、元気をもらってるのは僕の方なのに、
それでも思わずニヤニヤしてしまうのはどうしてだろう。
理由はわからないけれど、やっぱり嬉しいよな、うん。

「ハル」と、最後に書かれた二文字を認めると、今度は僕の番。
中学生の時から使ってるカンペンケースを手馴れた動作で開けて、
テストで困った時に重宝している、六角のサイコロ鉛筆を手にとった。

「ハルちゃん、お返事ありがとう♪」

はて、何に対しての返事だったかな。
ページを1枚戻って、ハルちゃんとは明らかに違う筆跡で綴られた
これまた何の変哲もない平凡な文章を読み返してみる。
内容なんて、本当にないな。
キャンバスに残った白紙の部分に違和感を覚えて、
なんとなく鉛筆で塗りつぶしたような、そんな文章。

「おめでとう!ハルちゃんの夢がまた少し現実に近づいて、
僕も自分のことのように嬉しいよ。本当におめでとう!」

当たり障りのない文章でハルちゃんへの返事を書き始める。

「僕もハルちゃんの焼いたケーキ、食べてみたいな。
機会があったら、是非食べさせてね!
お仕事と学校の両立は大変だろうけど、ハルちゃんなら大丈夫!
これからも応援してるから、頑張ってね♪」

ふぅ、と溜め息をひとつして、ノートを閉じる。
文章を読み返すと、書き直したくなってしまうから、
返事を書いた後はこうして、すぐに机にしまうようにしている。

ハルちゃんから嬉しい報告を聞くのはこれが初めてではない。
ある時は、下ごしらえを任せてもらえたこと。
またある時は、果物のカットをお願いされたこと。
チョコ製のプレートにメッセージを書かせてもらったこともあったかな。
ただ、自分のことのように嬉しく思っていることは確かなのに、
心のどこかで、ハルちゃんに劣等感にも似た感情を覚えていることも事実だった。

もう一度、小さく息を吐き出して、
大きな笑い声が響くグランドの向こうをぼぉっと眺めてみた。
確実に季節は移ろいでいくけど、僕は何も変わっていないんだ。

次の授業は数学。
微分・積分なんて、いったい何の役に立つんだろう・・・。

ハルちゃんと交換日記を始めてから、
暗黙のルールによって決められた、机の下の左側。
通称:笹木ゾーンに押し込められた教科書とノートの中から、
数学の教科書を探して引っこ抜く。

二人の交換日記は、綺麗に整頓されたハルちゃんゾーンに置くことになっている。
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by mago_ss | 2010-10-08 01:32 | ときめきメモリアル4